自由民主党・日本国憲法改正草案解説

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自由民主党・日本国憲法改正草案解説

◇憲法改正草案解説(1)
◇憲法改正草案解説(2)・天皇
◇憲法改正草案解説(3)・安全保障
◇憲法改正草案解説(4)・国民の権利と義務
◇憲法改正草案解説(5)・国会
◇憲法改正草案解説(6)・内閣/司法
◇憲法改正草案解説(7)・財政/地方自治
◇憲法改正草案解説(8)・緊急事態
◇憲法改正草案解説(9)・改正/最高法規/附則/前文
◇憲法改正草案解説(番外編・終)

憲法改正草案解説(1)



 自由民主党は、サンフランシスコ平和条約発効60周年となる4月28日、すなわち主権回復記念日に、日本国憲法改正草案を発表しました。自民党では、平成17年にも、新憲法草案を発表しましたが、憲法改正手続法が施行され、衆参両院に憲法審査会が設置されて、憲法改正議論が本格化するのを機に、旧草案を全面的に再検討し、内容を補強したものです。

 今回の改訂では、日本にふさわしい憲法改正草案とするため、まず、翻訳口調の言い回しや天賦人権説に基づく規定振りを全面的に見直しました。

 その上で、天皇の章で、元首の規定、国旗・国歌の規定、元号の規定、天皇の公的行為の規定などを加えるとともに、安全保障の章で、自衛権を明定し、国防軍の設置を規定し、あわせて、領土等の保全義務を規定しました。

 国民の権利及び義務の章では、国の環境保全、在外国民の保護、犯罪被害者への配慮、教育環境の整備の義務などの規定を加えました。

 一方、国会、内閣及び司法の章では、大幅な改訂は、していません。統治機構に関することは、それぞれ個別の課題ごとに、更に議論を尽くす必要があると考えたからです。一院制の導入については、かなり議論をしましたが、引き続き、二院制の在り方を検討する中で検討することとなりました。地方自治の章では、旧草案を土台に一定の見直しを行い、地方自治体間の協力の規定などを新設しました。

 緊急事態の章を新設し、有事や大災害の時には、緊急事態の宣言を発することができることとし、その場合には、内閣総理大臣が法律に基づいて一定の権限を行使できるようにするとともに、国等の指示に対する国民の遵守義務を規定しました。あわせて、国会議員の任期の特例などを定めることができるよう規定しました。

 改正の章では、憲法改正の発議要件について、これまで、両院で3分の2以上の賛成を必要とされていたものを、過半数と改め、緩和しました。

 自民党は、自主憲法制定を党是としています。現行憲法は、連合国軍の占領下において、同司令部が指示した草案を基に、その了解の範囲において制定されたものであります。日本国の主権が制限された中で制定された憲法は、国民の自由な意思が反映されていないと考えるからであります。そして、実際の規定においても、自衛権の否定ともとられかねない第9条の規定など、多くの問題を有しています。

 主権回復後60年も、経ってしまいました。もっと早く、憲法改正に着手すべきでしたが、冷戦の間は、憲法改正を口にすることもできませんでした。その後議論は比較的自由になりましたが、憲法改正の発議要件が両院の3分の2以上の賛成であることから、本格的な議論は進みませんでした。何と言っても、憲法改正手続法の制定が遅れていたのです。

 憲法改正手続法がようやく制定され、昨年の5月に施行されました。しかし、ねじれ国会の中で、多くの宿題を課されました。成人を18歳とし、憲法改正手続に参加させること、公務員の憲法改正運動への参加を自由とすること、国民投票を他の国政課題へも拡大することの3点です。1番目と2番目のことは、憲法改正手続の前提とされていますが、民主党政権の下でいまだ具体化していません。

 そんな中ではありますが、昨年10月、衆参両院に憲法審査会が設置され、憲法議論が始まりました。そこで、自民党としても、憲法改正に対する基本的な考え方を改めて示すため、今回、憲法改正草案を取りまとめたものです。

 付論ですが、先ほど述べたような主権が制限された中での憲法の制定は、無効だと唱えている人がいます。もちろん、いろいろな説があっていいと考えますが、二つのことを言っておきたいと思います。

 一つは、現行憲法は制定後65年を経て、国民に定着したものとなっています。国家のいろいろな手続が現行憲法を前提として動いています。憲法改正を議論する私たち国会議員も、現行憲法の規定により選挙されています。憲法無効といっても、現行憲法を無視することは、実際にはできません。

 また、「憲法は、一度も改正されていない。」とよく言われますが、決してそうではありません。余り知られていないのですが、現行憲法は、大日本帝国憲法の改正手続にのっとって制定されているのです。現行憲法公布の勅語の中に、「枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第73条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し」たものであると示されています。

 いずれも形式論ではないかとの反論もあるでしょうが、法律論とは、形式論です。形式論を抜きに実質論だけで法を論ずるのは、法律論ではありません。いずれにしても、自主憲法制定は、自民党の党是です。新しい憲法の制定を望むことには、何らの変わりはありません。

 一方で、護憲論を唱える人たちがいます。特定の条項の憲法改正を反対するのであれば理解できるのですが、憲法改正手続そのものに反対するのは、理解に苦しみます。人間の作った憲法が永久に不変であるということは、あり得ないでしょう。時代はどんどん変化していきます。その時代に合わせて憲法を改正していくことは、むしろ望まれることです。

 よく言われることですが、現行憲法の中に改正の章があります。憲法自体が自らの改正を予定しているのです。護憲と言うのであれば、憲法改正規定も尊重してもらわなければなりません。

 憲法改正草案は、いずれ憲法改正原案として国会に提出することになると考えています。しかし、憲法改正の発議要件が両院の3分の2以上であれば、自民党の案のまま憲法改正が発議できるとは、とても考えられません。まず、各党間でおおむねの了解を得られる事項について、部分的に憲法改正を行うことになるものと考えます。

 その候補が正に憲法改正の発議要件である両院の3分の2以上の賛成の規定を過半数に緩和することですが、それをするにも、先に両院の3分の2以上の賛成が必要であり、簡単ではありません。いずれにしても、憲法改正は国民の意思でできるということを早く国民に実感してもらうことが必要です。与野党の協力の下、憲法改正の一致点を見いだす努力をすることが重要です。

 以下、今回の自民党の憲法改正草案について、逐条の解説を行っていきます。なお、前文については、最後に解説します。

※本稿は、筆者の私見に基づくものであり、自由民主党の公式見解ではないことをお断りしておきます。
※「憲法改正草案」は、こちらを御覧ください。


憲法改正草案解説(2)・天皇



 第1章 天皇

 第1条の天皇の規定において、天皇が元首であることを明定することとしました。

  (天皇)
 第1条 天皇は、日本国の元首であり、日本国及び日本国民の統合の象徴であって、その地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく。

 元首とは、英語では Head of State であり、国の第一人者を意味します。明治憲法には、天皇が元首であることの規定が存在します。また、外交プロトコル(手続)上でも、天皇は、元首として扱われています。
 したがって、我が国において、天皇が元首であることは紛れもない事実ですが、それをあえて規定するかどうかという点で、議論がありました。
 自民党内の議論では、元首として規定することの賛成論が大多数でした。一部の反対論は、象徴天皇制は既に国民の間に浸透しており、世俗の地位である元首をあえて規定することにより天皇の言葉で表現できない存在を軽んずることになるというものでした。
 反対論にも採るべきものがありましたが、大日本帝国憲法第4条にも規定があり、問題はないということで、多数の意見を採用して元首を規定することとしました。

 ちなみに、サミットの記念撮影で、日本の首相は、議長国である場合を除き、中央近くに立つことはできません。外交プロトコル上、まず元首である大統領が就任順に立ち、その外側に首相が就任順に立つことになっているからです。王国以外の共和制の国で、元首である大統領が実質的な政治的権能を有しない国は、ドイツやインドなどたくさんあります。

 「その地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」は、やや文学的な表現ですが、そのままにしました。この規定は、主権在民の規定でもあります。「総意」については、憲法の教科書に委ねましょう。

 第3条に、国旗及び国歌の規定を設けました。

  (国旗及び国歌)
 第3条 国旗は日章旗とし、国歌は君が代とする。
 2 日本国民は、国旗及び国歌を尊重しなければならない。

 国旗及び国歌については、現在国旗及び国歌に関する法律によって規定されていますが、なお学校教育の現場で混乱が続いており、きちんと憲法上明文の規定を置くこととしました。
 最初の案では、国旗及び国歌を「日本国の表象」とし、具体的には法律の規定に委ねることとしていました。しかし、不変なものは具体的に固有名詞で規定してもいいのではないかという意見が、大勢でした。フランス憲法で三色旗やラ・マルセイエーズが規定されているのも、参考としました。具体的な国旗や国歌の制式を、委任規定がなくても法律で定め得ることは、言うまでもありません。
 国旗及び国歌を国民が尊重すべきであるのは、当然のことです。ただし、この第2項の規定を置いたことから、国民の新たな義務が生ずるものとは、考えていません。

 第4条に、元号の規定を設けました。

  (元号)
 第4条 元号は、法律の定めるところにより、皇位の継承があったときに制定する。

 この規定は、元号法の規定をほぼそのまま採用したものであり、一世一元の法則を明定したものです。現在、元号は即位と同時に定める必要があることから、政令委任しているので、元号法の規定には若干の工夫が必要かもしれません。

 この規定について、自民党内の議論では、特に異論はありませんでした。

 第6条の国事行為の規定は、第2項の各号列記の規定を若干分かりやすく整理しましたが、基本は変わっていません。
 第4項で、現行憲法では、天皇の国事行為には、内閣の「助言と承認」が必要とされていましたが、天皇の行為に対して「承認」とはいささか礼を失するものであることから、「進言」という言葉に統一しました。従来の学説でも、「助言と承認」は一体的に行われるものであり、区別されるものではないという説が有力であり、「進言」に一本化したものです。
 さらに、第5項を加えて、新たに天皇の公的行為を規定しました。
 天皇の行為には、憲法に定める国事行為、それ以外の公的行為及び祭祀等の私的行為があるとするのが、学説上通説です。そうであるのに、一部の政党は、国事行為以外の天皇の行為は違憲であるとし、天皇陛下の御臨席を仰いで行われる国会の開会式には、いまだ出席していません。そこで、開会式への御臨席など天皇陛下の公的行為を憲法上規定することにより、こうした議論を決着させようとしたものです。
 なお、公的行為には「進言」の規定を置きませんでしたが、公的行為も、内閣の一組織である宮内庁の補佐を受けて行われるものであることは、当然のことです。

※本稿は、筆者の私見に基づくものであり、自由民主党の公式見解ではないことをお断りしておきます。
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憲法改正草案解説(3)・安全保障



 第2章 安全保障

 章名を「戦争の放棄」から「安全保障」に改めました。

 第9条は、次のように規定しました。

  (平和主義)
 第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。
 2 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。

 第1項については、1929年のパリ不戦条約第1条を翻案して規定されたものであり、党内議論の中で「もっと分かりやすい表現にすべきである。」という意見もありましたが、日本国憲法の三大原則の一つである平和主義を定めた規定であることから、基本的には変更しないこととしました。
 文章の整理として、「放棄する」は戦争のみに掛け、「国際紛争を解決する手段として」は戦争に至らない武力による威嚇及び武力の行使にのみに掛けることとしました。こうすることにより、法文の意味がより明確になると考えたからです。
 党内議論の中で、「戦争はすべて『国権の発動として』行われるものであり、その文言は不要ではないか。」「『国際紛争を解決する手段として』という書き振りは、集団的自衛権を否定する根拠として使われたことがある。」などの意見がありました。前者については、戦争は全て国権の発動として行われるものであり、確かにそうした修飾は不要ですが、同項の規定は原則変更しないという方針の下に、そのままにしました。また、後者の「国際紛争を解決する手段として」とは、従来の解釈どおり、「侵略的意図を持って行う手段」という意味に解することとし、この部分も原文を尊重しました。
 なお、集団的安全保障の違反国に対する制裁措置は、侵略的意図を持って行われるものではないことから、この項の規定が禁止するものではないと解しています。

 平成17年の憲法草案には、軍隊の不保持や交戦権の否定を規定した第2項を削除したのみで、「自衛権」の規定はなかったのですが、今回新たに新第2項を規定しました。従来、「自衛権」は、自然権(当然持っている権利)であることからあえて規定する必要はないと考えていましたが、明確な規定を置くことによって、よりそのことが理解されやすくなると考えたところです。自衛権には、国連憲章が認める個別的自衛権と集団的自衛権があることは、言うまでもありません。
 また、ここで「前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない」と規定することにより、第1項は、自衛権の解釈には関係ない規定となることから、自衛権の解釈に憲法草案上何らの制限はないことになります。したがって、集団的自衛権の行使も、憲法規定上妨げられるものではありません。現在の政府解釈のように、「集団的自衛権は、保持しているが、行使できない。」というような変な解釈をする必要もなくなります。
 なお、自衛権の行使については、憲法草案上制限はありませんが、政府が何でもできる訳ではなく、法律の根拠が必要です。国家安全保障法のような法律を制定して、いかなる場合にどのような要件を満たすときに自衛権が行使できるのか、明確に規定することが必要です。この憲法と法律の役割分担については、きちんとした理解が求められます。

 新たに、第9条の2を設け、国防軍の規定を置きました。第1項は、「我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。」と規定しました。国家が軍を持つのは、至極当然であると考えます。世界中を見ても、都市国家のようなものを除き、一定の規模以上の人口を有する国家で軍隊を保持していないのは、日本だけです。軍は、抑止力として保持するものであり、軍の存在イコール戦争という誤った観念から日本人は抜け出すべきです。
 ここで、最も議論されたのが、軍の名称でした。起草委員会の原案は、「自衛軍」でした。現行の自衛隊との連絡性に配慮したのです。しかし、余り評判は良くありませんでした。そこで、事務局は、「国防軍」「防衛軍」「陸海空軍」の三案も追加的に示しましたが、防衛軍と陸海空軍には、ほとんど支持がありませんでした。最終的に、名称ですので法制的にどれが正しいというものではないので、多数の意見を勘案して、国防軍としたものです。
 なお、内閣総理大臣の地位も、最初は「最高指揮権者」という言葉を使っていましたが、最終的に「最高指揮官」としました。

 また、同条第3項において、国防軍は、第1項のほか、「国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動」を行えることと規定し、国防軍の国際平和活動への参加を可能にしました。その際、国防軍は、軍隊である以上、法律の留保の下、武力の行使は可能であると考えています。また、集団的安全保障下における制裁行動も、法律の留保の下、可能であると解します。このほか、同項では、法律の規定に基づいて「公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動」、すなわち治安維持や邦人救出、国民保護、災害派遣などの活動もできることと規定しています。

 このように、国防軍を置くことにより、戦争及び侵略的意図を持った武力の行使を除き、集団的自衛権を含む自衛権の行使や集団的安全保障下の制裁的武力の行使は可能となりますが、これらは全て同条第2項及び第3項の規定により、法律の根拠が必要であり、法律の規定に基づかないで武力の行使ができるわけではないことを明確にしておきます。

 同条第5項に、軍事審判所の規定を置きました。これは、軍人等が職務の遂行上犯罪を犯したり、軍の秘密を漏洩したときの処罰について、通常の裁判所ではなく、国防軍に置かれる特別裁判所である軍事審判所で裁かれるものとしました。いわゆる軍法会議のことです。
 軍事上の行為に関する裁判は、軍事機密を保護する必要があり、また、迅速な実施が望まれるからです。具体的なことは法律で定めることになりますが、裁判官や検察、弁護側も、軍人の中から選ばれることになるものと、推定されます。なお、この審判に対しては、裁判所に上訴することができます。どの国の軍法会議を見ても、原則裁判所へ上訴することができることとされています。この軍事審判を一審制とするのか、二審制とするのかは、立法政策によります。

 第9条の3に、領土等の保全等の規定を置きました。

 第9条の3 国は、主権と独立を守るため、国民と協力して、領土、領海及び領空を保全し、その資源を確保しなければならない。

 国家が国を守るのは余りに当然のことですが、それが十分に機能していない現状に鑑み、あえて規定を新設することにしました。また、単に領土等を守るだけでなく、資源の確保についても、規定しました。
 党内議論の中で、「国民の国を守る義務ついて規定すべきではないか。」という意見が、多く出されました。しかし、仮にそうした規定を置いたときにその意味を問われるのは、必至です。自民党は、平和主義に徹し、徴兵制を憲法上規定することはできないと考えています。国民の国を守る義務を規定すれば、徴兵制について問われることになるのは明らかです。そこで、前文において「国を守る」ことを抽象的に規定するとともに、この条において、国が「国民と協力して」領土等を守ることを規定したところです。
 もちろん、この規定は、軍事的な行動のみを規定しているのではありません。国境離島において、生産活動を行う民間の行動も、我が国の安全保障に大きく寄与することになります。国が、国境離島において、避難港や灯台などの公共施設を整備することも、同様です。海上で、資源探査を行うことも、考えられるでしょう。

※本稿は、筆者の私見に基づくものであり、自由民主党の公式見解ではないことをお断りしておきます。
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憲法改正草案解説(4)・国民の権利及び義務



 第3章 国民の権利及び義務

 第11条の基本的人権の享有は、次のように書き換えることとしました。

  (基本的人権の享有)
 第11条 国民は、全ての基本的人権を享有する。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利である。

 「基本的人権の享有は妨げられない」「現在及び将来の国民に与えらる」というような大上段な翻訳口調の規定は、改めました。

 第12条の国民の責務の規定も、分かりやすく書き直しました。

  (国民の責務)
 第12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力により、保持されなければならない。国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない。

 ここで、従来の「公共の福祉」については、全て「公益及び公の秩序」と言い換えることに、平成17年の憲法草案のときに整理されています。「公共の福祉」という言葉はやや概念が曖昧であり、普通の言葉に換えれば「公共の利益」のことであって、一言で言えば「公益」のことです。それに加えて、権利の行使が社会秩序を乱すものであってはならないので、「公の秩序」という文言を添えたものです。「公の秩序」というと、すぐ「反国家的な行動を取り締まる考えか。」と聞かれますが、「公の秩序」とは「社会秩序」のことであり、平穏な社会生活のことを意味しています。他人に迷惑を掛けない行為であれば、規制の対象になることはありません。

 第13条は、従来幸福追求権の規定と言われており、そのことに変更はありませんが、「個人として尊重される」という部分については、個人主義を助長してきた嫌いがあるので、今回「人として尊重される」と改めました。従来の「個人として尊重される」がやや意味不明な文言であり、「人の人格を尊重する」という意味で「人として尊重される」で十分と考えたところです。

 第14条の法の下の平等の規定については、第1項の被差別対象の例示に「障害の有無」を付け加えました。党内議論で問題となったのは、「門地」という言葉です。四民平等などを意味する規定であり、やや古い文言であって、分かりにくいとの指摘がありました。削除するという意見もありましたが、そうすると出生による差別が他の文言では読みにくいという意見もありました。そこで、事務局が「出自」という文言を提案しましたが、やはり人口に膾炙しておらず、「門地」は教育基本法を始め各種の法律で現に用いられていることから、現行のままとすることとしました。
 第3項の勲章の授与等の効果から「特権を伴わない」という規定を削除しました。文化勲章受章者に対する年金の交付は、文化功労者に対するものと読み替えて行われていることなどに鑑み、こうしたことの判断は法律の規定によるべきことと考えたところです。

 第15条の公務員の選定罷免権については、第1項で「主権の存する」国民の権利と規定しました。あわせて、第3項で、公務員の選挙は「日本国籍を有する」成年者による普通選挙によるものと規定しました。言うまでもなく、外国人参政権は認めないという趣旨です。ここで、「成年者」については、憲法は何も定義していないことを指摘しておきます。憲法改正手続法附則で、将来成年を18歳とすることが規定されています。

 第18条の従来「奴隷的拘束の禁止」と呼ばれていた規定は、次のように書き換えました。

  (身体の拘束及び苦役からの自由)
 第18条 何人も、その意に反すると否とにかかわらず、社会的又は経済的関係において身体を拘束されない。

 現行憲法は、「何人も、いかなる奴隷的拘束を受けない。」というものです。現在日本で、ほとんどそのようなひどいことが行われているとは考えにくいことから、全文を書き換えました。「社会的関係」とはオカルト宗教団体のようなことを、「経済的関係」とは身売りのようなことを想起しています。こういう不合理な身体拘束は、本人の同意があっても認められません。

 第19条の思想及び良心の自由については、次のように書き換えました。

  (思想及び良心の自由)
 第19条 思想及び良心の自由は、保障する。

 基本は変えていませんが、現行憲法の「これを侵してはならない」のような表現は改め、単に「保障する」という表現を用いることとしました。

 第19条の2に個人情報の保護の規定を新設しました。

  (個人情報の不当取得の禁止等)
 第19条の2 何人も、個人に関する情報を不当に取得し、保有し、又は利用してはならない。

 平成17年の憲法草案では、この規定の保護を受ける者を主語にした規定を置いていましたが、主客を逆にした規定の方が分かりやすいことから、こういう規定としました。なお、個人情報の保護は、不当なものを禁止したのに過ぎず、適切かつ有効な情報の利用は、禁止されるべきではないことを付け加えておきます。

 第20条の信教の自由は、戦前の国家神道の反省の下現行憲法がやや過剰な規定となっていたので、次のように書き替えました。

  (信教の自由)
 第20条 信教の自由は、保障する。国は、いかなる宗教団体に対しても、特権を与えてはならない。
 2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
 3 国及び地方自治体その他の公共団体は、特定の宗教のための教育その他の宗教的活動をしてはならない。ただし、社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超えないものについては、この限りでない。

 第1項で、宗教団体は「政治上の権力を行使してはならない」という部分を削除しました。宗教団体が政治上の権力を行使することは、現実にあり得ないと考えたからです。もちろん、世の中何があるか分からないのですが、「国は、いかなる宗教団体に対しても、特権を与えてはならない。」という規定により、政教分離は十分実現できると考えたところです。
 また、第3項において、「宗教教育の禁止」については、従来特定の宗教の教育をいうものであり、一般教養としての宗教教育を含むものではないという解釈が通説でしたが、それを分かりやすくするため、「特定の宗教のための教育」と規定しました。さらに、後段を加え、最高裁判例を参考とし、「社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超えないもの」については、宗教行為の禁止対象からはずすことにしました。これにより、地鎮祭の玉串料などの問題が現実に解決されます。靖国神社参拝も、明文の規定をもって、禁止されないことになります。

 第21条の表現の自由は、第2項を付け加え、次のように規定しました。

  (表現の自由)
 第21条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、保障する。
 2 前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。
 3 検閲は、してはならない。通信の秘密は、侵してはならない。

 第2項は、オウム真理教に対して破壊活動防止法が適用できなかったことの反省などを下に、公益や公の秩序を乱す活動に対しては、表現の自由や結社を認めないこととしたものです。内心の自由はどこまで行っても自由ですが、それを社会的に表現する段階になれば、一定の制限を受けるのは、当然と考えたところです。なお、「公益や公の秩序を害する」と規定し、単に「公益や公の秩序に反する」活動を規制したものではないことには、注意してください。

 第21条に、国の行政上の行為に関する説明責任を規定しました。いわゆるアカウンタビリティと呼ばれるものです。この規定は、平成17年の憲法草案の中に既に規定されていました。

 第24条の家族、婚姻等に関する基本原則の中で、第1項に家族の規定を新設し、「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない。」と規定しました。前段は、世界人権宣言第16条第3項の規定を翻案したものです。後段は、今回の党内議論の中で、追加したものです。「親子の扶養義務について、明文の規定を置くべきだ。」という意見もありましたが、そうした点は、基本的に法律事項であり、憲法上はこのような規定に落ち着いたところです。
 第3項については、法律事項の例示を、現行民法を参考にして、整理し直しました。現行憲法は、後段で「法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。」と規定していますが、個人主義的なことだけでなく、「家族の共助の精神」のような観点も加える必要があるのではないかという意見がありました。しかし、第1項に家族の規定を新設したことから、二重になるという意見があり、その部分については現行のままとしました。

 第25条の2から第25条の4まで、新たな人権の規定を次のように加えました。

 (環境保全の責務)
 第25条の2 国は、国民と協力して、国民が良好な環境を享受することができるようにその保全に努めなければならない。

 (在外国民の保護)
 第25条の3 国は、国外において緊急事態が生じたときは、在外国民の保護に努めなければならない。

 (犯罪被害者等への配慮)
 第25条の4 国は、犯罪被害者及びその家族の人権及び処遇に配慮しなければならない。

 第25の2及び第25条の4の規定は、平成17年の憲法草案の中にあり、多少の書き換えを行ったものです。第25条の3については、今回の党内議論の中で、新設したものです。
 いずれも、国を主語とした人権規定としています。初期の人権は、まだ個人の法律上の権利として主張するには熟度がなく、まず国の側の義務として規定することとしたものです。今後、具体的な法制上、人権として積み上げていく必要があります。

 第26条の教育に関する権利及び義務の規定については、第3項に国の教育環境の整備義務の規定を新設し、「国は、教育が国の未来を切り拓(ひら)く上で欠くことのできないものであることに鑑み、教育環境の整備に努めなければならない。」と規定しました。この規定も、国民が充実した教育を受けられることを権利と考え、そのことを国の義務として規定したものです。

 第28条の勤労者の団結権等については、第2項に公務員に関する労働基本権の制限の規定を新設し、「公務員については、全体の奉仕者であることに鑑み、法律の定めるところにより、前項に規定する権利の全部又は一部を制限することができる。この場合においては、公務員の勤労条件を改善するため、必要な措置が講じられなければならない。」と規定しました。
 現在、国会において、公務員に労働協約締結権を付与することが議論されていますが、現行憲法下においても、国家公務員の労働条件に関する人事院勧告などの代償措置の実施を条件として、公務員の労働基本権は制限されていることから、そのことについて明文の規定を置いたものです。よく国際労働機関条約に違反するのではないかとの質問を受けますが、団結権及び団体交渉権条約(ILO98,1949)第6条に「この条約は、公務員の地位を取り扱うものではなく、また、その権利又は分限に影響を及ぼすものと解してはならない。」と、規定されているところです。

 第29条の財産権については、第2項の後段に知的財産権の規定を新設し、「知的財産権については、国民の知的創造力の向上に資するように配慮しなければならない。」と規定し、特許権等の知的財産権の保護が過剰になり、経済活動の過度の妨げにならないよう配慮することとしました。

 第31条から第40条までの刑事手続については、現行の刑事訴訟法などを参考として、文言の整理をしましたが、規定の内容については変更していません。

 国民の人権及び義務の章全体を通じて、「権利ばかりの規定が目立ち、義務の規定が余りに少ないのではないか。」という指摘がありました。しかし、憲法上新たな義務規定を創出するのは、なかなか困難であり、現行のままとしています。


※本稿は、筆者の私見に基づくものであり、自由民主党の公式見解ではないことをお断りしておきます。
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憲法改正草案解説(5)・国会



 第4章 国会

 今回の憲法改正草案の策定に当たっては、統治機構については、大きな見直しはしませんでした。そのことについて、批判があるのも事実です。しかし、今回は、サンフランシスコ平和条約発効60周年を機に、平成17年に策定された「新憲法草案」を土台としてその見直しを行い、自主憲法に値する憲法草案を策定することを主たる目的としたものです。統治機構の大きな見直しには、それぞれ個別の項目ごとに慎重な議論が必要であり、今回の憲法全体の見直しの中でそれを行うのは、困難と考えたところです。
 具体的には、一院制、首相公選制、道州制の導入などの課題が指摘されています。このうち道州制については、党の道州制推進本部において、原則憲法改正を行わないでその検討を進めることとしています。道州制は、地方自治の範囲で、導入できると考えています。一方、一院制や首相公選制の導入については、当然憲法改正が必要ですが、その具体化には、更に詳細設計が必要であり、かつ、党内での合意形成の手続がなお必要であると考えたところです。
 特に一院制の導入については、党内議論の中で、前向きの意見がかなりたくさん出されたことから、今後二院制の在り方を検討する中で、一院制についても検討することとしました。

 第44条の議員及び選挙人の資格において、その差別の禁止項目の対象として、第14条の法の下の平等の規定に合わせて「障害の有無」の文言を加えました。

 第47条の選挙に関する事項において、後段を設け、「この場合においては、各選挙区は、人口を基本とし、行政区画、地勢等を総合的に勘案して定めなければならない。」と、規定しました。最近、一票の格差について最高裁判所の違憲判決が続いていることに鑑み、選挙区は、単に人口のみによって決められるものではないことを、明示したものです。ただし、この規定も飽くまで「人口を基本と」することとし、一票の格差の是正をする必要がないとしたものではありません。選挙区を置けば必ず格差は生ずるので、それには一定の許容範囲があることを念のため規定したのに過ぎません。なお、この規定は、衆議院議員選挙区画定審議会設置法第3条第1項の規定を参考にして加えたものであり、現行法制を踏まえてのものであることを、申し添えておきます。

 第52条の通常国会において、第1項で、「常会」というのを最近の例により「通常国会」と改め、また、国会の召集は、天皇が国事行為として行うものであることに鑑み、全て「召集される」と受動態で規定することとしました。また、第2項で、通常国会の会期は、「法律で定める」ものと規定しました。会期の延長については、特に規定を置きませんでしたが、これも法律委任の中に含まれるものと解しています。

 第53条の臨時国会において、「臨時会」というのを最近の例により「臨時国会」と改め、これまで臨時国会の召集期限については規定がなかったので、「要求があった日から20日以内に臨時国会が召集されなければならない。」と、規定しました。議員の4分の1の賛成で臨時国会の召集は要求できるので、党内議論の中で、「少数会派の乱用が心配ではないか。」との意見もありましたが、「臨時国会の召集要求権を少数者の権利として定めた以上、きちんと召集されるのは当然である。」という意見が、大勢でした。

 第54条の衆議院の解散と衆議院議員の総選挙、特別国会及び参議院の緊急集会において、第1項で、「衆議院の解散は、内閣総理大臣が決定する。」と、規定しました。かつて、解散を決定する閣議において閣僚の反対が予測される場合に、あらかじめ閣僚を罷免するというという事例があったので、解散の決定は、閣議にかけず、内閣総理大臣が単独で決定できることとしたものです。なお、この規定で「七条解散(憲法改正草案では、条の移動により「六条解散」になります。)、すなわち内閣不信任案が可決された場合以外の解散について明示すべきだ。」という意見もありましたが、「それは憲法慣例に委ねるべきだ。」という意見が大勢であり、この規定に落ち着きました。
 第2項で、単に「国会」とあるのを「特別国会」と改めました。

 第56条の表決及び定足数において、現行憲法では第1項に「両議院は、各々その総議員の3分の1以上の出席がなければ、議事を開き議決することができない。」とあり、欠席者が多く出た場合に本会議が開会できないので、この定足数を議決だけの要件とするため、「両議院の議決は、各々その総議員の3分の1以上の出席がなければすることができない。」と規定し、同項を第2項としたところです。

 第59条の法律案の議決及び衆議院の優越においては、最終的に何も変更しませんでしたが、党内議論の中で、第2項に規定する参議院で否決された法律案を衆議院で再議決する場合の要件について、「3分の2以上の賛成から引き下げて、ねじれ現象ができるだけ起きないようにすべきではないか。」という意見がありました。それを「過半数とする。」という意見もありましたが、それでは「参議院の存在を否定するものだ。」という意見が大勢でした。中を取って10分の6とする意見もありましたが、法令上議決権の規定で10分の6というのも前例がなく、この部分の変更はしないこととしました。

 第63条の内閣総理大臣等の議院出席の権利及び義務において、第2項を設け、「内閣総理大臣及びその他の国務大臣は、答弁又は説明のため議院から出席を求められたときは、出席しなければならない。ただし、職務の遂行上特に必要がある場合は、この限りでない。」と、規定しました。ただし書の規定は、平成17年の憲法草案では「職務の遂行上やむを得ない事情がある場合」と規定していましたが、今回はこのように規定し、更に緩和を図ったところです。言うまでもなく、特に外務大臣などは重要な外交日程があることが多く、国会に拘束されることにより、国益を損することにならないようにするという配慮からの規定です。「職務の遂行上特に必要がある場合」の方が大臣側の主体的な判断が可能なニュアンスとなっています。

 第64条の2の政党においては、平成17年の憲法草案において、既に同様の規定がありました。

 (政党)
 第64条の2 国は、政党が議会制民主主義に不可欠の存在であることに鑑み、その活動の公正の確保及びその健全な発展に努めなければならない。
 2 政党の政治活動の自由は、保障する。
 3 前2項に定めるもののほか、政党に関する事項は、法律で定める。

 政党については、現行憲法に全く規定がなく、政党法も存在せず、法的根拠がないので、政治団体の一つとして整理されてきました。こうした規定を置くことにより、政党助成や政党法制定の根拠になるものと考えます。政党法の制定に当たっては、政党内民主主義の確立、収支の公開などが焦点になるものと考えられます。

※本稿は、筆者の私見に基づくものであり、自由民主党の公式見解ではないことをお断りしておきます。
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憲法改正草案解説(6)・内閣/司法



 第5章 内閣

 第65条の内閣と行政権において、行政権の所属を「この憲法に特別の定めのある場合を除き」、内閣に属するものと規定しました。最高裁判所の司法行政権、内閣から独立した会計検査院、地方自治などの内閣の行政権の例外を意識して規定したものです。

 第66条の内閣の構成及び国会に対する責任において、第2項で国務大臣の文民資格を分かりやすく「現役の軍人であってはならない」と規定しました。国防軍を設置することとしたことから、「文民」という文言の意味が曖昧になったので、書き換えたものです。現行法制では、自衛官が現役のまま国務大臣になることは、できません。元自衛官が文民に当たり、国務大臣になれることは、憲法慣例ができています。予備役の軍人について質問がありましたが、「現役」と規定している以上、招集されない間は、この規定の適用がないものと考えます。

 第70条の内閣総理大臣が欠けたとき等の内閣の総辞職等において、第2項を新設し、「内閣総理大臣が欠けたとき、その他これに準ずる場合として法律で定めるときは、内閣総理大臣があらかじめ指定した国務大臣が、臨時に、その職務を行う。」と、規定しました。従来内閣総理大臣に不慮の事故が起きたときの憲法規定が未整備であったため、安全保障上の問題があり、明文の規定を置いてその臨時代行者を置くことができることとしたものです。例えば内閣総理大臣が死亡したときは、内閣総辞職を閣議で決定すべきですが、その閣議の主宰者に誰がなるのか、内閣法には規定があるものの、憲法上明確ではなかったのです。
 「内閣総理大臣が欠けたとき」とは、一般に死亡したときをいいますが、国会議員の資格を失ったときもあり得ます。「その他これに準ずる場合として法律で定めるとき」とは、意識が不明になったときや事故で行方不明になったときなど現職に復帰することがあり得る場合を想定しています。臨時代行者の事前の指定に際しては、複数の国務大臣を順位を付けて指定することも可能と考えています。

 第72条の内閣総理大臣の職務において、内閣総理大臣の権限を強化するため、次のように規定しました。

  (内閣総理大臣の職務)
 第72条 内閣総理大臣は、行政各部を指揮監督し、その総合調整を行う。
 2 内閣総理大臣は、内閣を代表して、議案を国会に提出し、並びに一般国務及び外交関係について国会に報告する。
 3 内閣総理大臣は、最高指揮官として、国防軍を統括する。

 第1項で、行政各部の指揮監督権及び総合調整権を規定しました。内閣法では第6条で「内閣総理大臣は、閣議にかけて決定した方針に基いて、行政各部を指揮監督する。」と、第7条で「主任の大臣の間における権限についての疑義は、内閣総理大臣が、閣議にかけて、これを裁定する。」と、第8条で「内閣総理大臣は、行政各部の処分又は命令を中止せしめ、内閣の処置を待つことができる。」と規定し、内閣総理大臣は全て閣議にかけた方針に基づかなければ行政各部を指揮監督できないことになっています。これでは、内閣総理大臣の権限は、十分ではありません。そこで、内閣総理大臣は、閣議にかけなくても各国務大臣等を指揮監督等ができるものと規定したところです。この場合でも、閣議で決定した明示の方針があるときは、内閣総理大臣もそれに従うのが当然であり、個別の法律で閣議の決定を経るべきことを定めることを排除するものではありません。
 第3項で、「内閣総理大臣は、最高指揮官として、国防軍を統括する。」と規定しました。内閣総理大臣が国防軍の最高指揮官であることは第9条の2第1項にも規定しましたが、内閣総理大臣の職務としてこの条でも再整理したものです。内閣総理大臣は最高指揮官ですから、国防軍を動かす最終的な軍令の決定権は、防衛大臣ではなく、内閣総理大臣にあります。また、法律に特別の規定がない場合は、閣議にかけないで、内閣総理大臣は国防軍を指揮できます。ここで「国防軍を統括する」とは、内閣総理大臣は、単に軍令上の最高決定権者にとどまらず、国防軍という組織全体を管理する権限を有することを示したものです。そのことを具体的にどう法制上整理するかは、立法政策に委ねられます。

 第73条の内閣の職務において、第6号に規定する政令委任の規定について、現行憲法では「政令には、特にその法律の委任がある場合を除いては、罰則を設けることができない。」と規定されていますが、今回、内閣法第11条の規定を参考にして、「政令には、特にその法律の委任がある場合を除いては、義務を課し、又は権利を制限する規定を設けることができない。」と書き換えました。「罰則」は、この規定の趣旨に包含されるという解釈により、規定からは削除しました。

 ちなみに、首相公選制については、今回、党内議論の中で意見が出てきませんでした。仮に国会議員の中から内閣総理大臣を国民が選挙する首相公選制を憲法に規定するとしたら、整合性のある規定を作るのには、相当の検討を要することになります。

 第6章 司法

 司法制度については、大きな変更はしていません。第4章国会、第5章内閣と来れば、第6章は「裁判所」となるはずなのですが、どういうわけかこの章だけ「司法」という章立てになっています。このことを直そうとも考えましたが、やめておきました。

 第79条の最高裁判所の裁判官において、現行憲法の同条第2項から第4項までに規定する国民審査が形骸化しているとの批判が強いことから、その具体的な審査の方法については法律で定めることとし、同条第2項に「最高裁判所の裁判官は、その任命後、法律の定めるところにより、国民の審査を受けなければならない。」と規定しました。裁判官の国民審査を国民に分かりやすいものにするのはなかなか難しいのですが、こう規定することにより、立法政策上工夫の余地が出てきます。
 また、現行憲法同条第6項後段で裁判官の報酬は在任中減額できないこととされており、最近のようにデフレ状態が続いて公務員の給与の引下げを行う場合に解釈上の困難が生じていることや懲戒の場合であっても報酬が減額ができないことなどに対応するため、同条第5項後段に「この報酬は、在任中、分限又は懲戒による場合及び一般の公務員の例による場合を除き、減額できない。」と規定し、解決を図りました。

 司法制度についての改革が少ないのではないかとの意見もありましょうが、司法制度は憲法に規定されている部分が特に少ない分野であり、多くは法律の規定に委ねられていることを御理解ください。なお、憲法裁判所の設置については、党内議論の中で若干の積極的な意見がありましたが、仮に設置するにしても、制度的にかなり煮詰めなければならない事柄が多く、今回は見送りました。

※本稿は、筆者の私見に基づくものであり、自由民主党の公式見解ではないことをお断りしておきます。
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憲法改正草案解説(7)・財政/地方自治



 第7章 財政

 第83条の財政の基本原則において、第2項を加え、「財政の健全性は、法律の定めるところにより、確保されなければならない。」と、規定しました。財政の健全性を初めて憲法上の価値として規定したものです。党内議論の中で、この条文に「収支の均衡を旨として」という文言を入れるかどうか、かなり論議が行われました。最終的には、「そこまで明示的に書き込むのは厳しい。」という意見が強く、入れないことになりました。具体的な健全性の基準については、法律で規定されるものです。

 第86条の予算において、第2項で、補正予算の規定として「内閣は、毎会計年度中において、予算を補正するための予算案を提出することができる。」と新たに規定するとともに、第3項で、暫定予算の規定として「内閣は、当該会計年度開始前に第1項の議決を得られる見込みがないと認めるときは、暫定期間に係る予算案を提出しなければならない。」と新たに規定しました。第3項については、平成17年の憲法草案では、暫定予算も成立しなかったときは内閣は法律の定めるところにより必要な支出をすることができる旨の規定を置いていたのですが、党内議論の中で、「国会の予算議決権を侵すものだ。」という意見が強く、結果的に全く反対の規定になりました。
 第4項で、複数年度にわたる予算について、「毎会計年度の予算は、法律の定めるところにより、国会の議決を経て、翌年度以降の年度においても支出することができる。」と、明示的な規定を新設しました。これは、現行制度でも認めている繰越明許費、国庫債務負担行為、継続費などを憲法上も認めるとともに、いわゆる複数年度予算についても、法律の定めるところにより、実施可能とするものです。

 第89条の公の財産の支出及び利用の制限においては、第1項で、信教の自由に関する規定の変更に伴い、宗教活動に対する公金支出等の制限の対象から社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超えないものを除くこととしました。これにより、地鎮祭等における玉串料の支出は、可能となるものと考えます。
 第2項の慈善、教育又は博愛の事業に対する公金支出の制限の規定については、従来、私学助成に関し、議論が行われてきました。私学においても、その設立や教育内容について、国や地方公共団体の一定の関与を受けていることから、「公の支配に属し」ており、私学助成は違憲ではないという解釈が確立しています。しかし、私学の建学の精神に照らして考えると、「公の支配に属する」というのは適切な表現ではなく、平成17年の憲法草案で「国若しくは地方自治体その他の公共団体の監督が及」ぶという表現に緩和したところです。
 党内議論の中で、それでも、「教育に対する公金支出の制限の規定は、教育の重要性を考えると、おかしいのではないか。」という意見が出されました。しかし、朝鮮学校において反日的な教育が行われている現状やこれまでの判例の積み重ねもあり、基本的には現行規定を残すこととしました。仮に「教育」を削除すれば、この規定を含めて様々な規定の調整が必要となり、単純な文言の削除とはならないということも、ありました。

 第90条の決算の承認等においては、平成17年の憲法草案において、決算を単なる国会への報告事項から国会の承認事項とする変更が行われていましたが、党内議論の中で、参議院側から、「決算を通常の議案とすると、まず衆議院に提出され、その承認を受けてから、参議院に送付されることになる。衆議院で不承認となれば、送付もされないことになる。それでは、『決算の参議院』の役割が果たせない。」との意見がありました。そこで、決算報告は、同時に「両議院に提出」することとしました。
 さらに、党内議論の中で、「決算について承認事項とする以上、その効果を持たせる必要がある。」という意見が大勢を占め、新たに第3項を加え、「内閣は、第1項の検査報告の内容を予算案に反映させ、国会に対し、その結果について報告しなければならない。」と規定しました。こう規定することにより、会計検査院の検査の実効性が飛躍的に高まるものと考えます。

 第8章 地方自治

 第92条において、地方自治の本旨に関する規定を新設しました。

  (地方自治の本旨)
 第92条 地方自治は、住民の参画を基本とし、住民に身近な行政を自主的、自立的かつ総合的に実施することを旨として行う。
 2 住民は、その属する地方自治体の役務の提供を等しく受ける権利を有し、その負担を公平に分担する義務を負う。

 第1項及び第2項ともに、ある意味当然のことを規定しただけですが、従来「地方自治の本旨」という文言が無定義で用いられていたことから、明確化を図ったものです。また、自治の精神をより明確化するため、これまで「地方公共団体」とされてきたものを、一般に用いられている「地方自治体」という用語に改めました。

 第93条の地方自治体の種類、国及び地方自治体の協力等において、第1項で「地方自治体は、基礎地方自治体及びこれを包括する広域地方自治体とすることを基本とし、その種類は、法律で定める。」と規定し、現行憲法で言及されていなかった地方公共団体の種類について言及しました。地方自治が二層制を採ることは、これまでどおりです。「基本と」するとは、基礎地方自治体及び広域地方自治体以外にも、地方自治体には、一部事務組合、広域連合、財産区などがあることから、そう規定したものです。
 道州制については、今回憲法改正草案には直接盛り込みませんでしたが、自民党の道州制推進本部においては、原則憲法改正を行わないで道州制の導入を検討することとされており、道州を広域地方自治体と位置付ければ、この憲法改正草案のままでも、道州制の導入は可能であると考えています。その際、横浜市などが道州の下に入らない「特別市」とすることを提唱していますが、仮にその意見を採用しても、「基本と」すると規定していることから、部分的に地方自治が一層制になっても差し支えないものと考えています。
 第3項で、「国及び地方自治体は、法律の定める役割分担を踏まえ、協力しなければならない。地方自治体は、相互に協力しなければならない。」と規定し、国と地方自治体間、地方自治体同士の協力について定めました。東日本大震災の教訓に基づくものです。

 第94条の地方自治体の議会及び公務員の直接選挙において、第2項で「地方自治体の長、議会の議員及び法律の定めるその他の公務員は、当該地方自治体の住民であって日本国籍を有する者が直接選挙する。」と規定し、「日本国籍を有する者」という文言を挿入しました。言うまでもなく、外国人地方参政権の導入に反対する意図を明確にしたものです。

 第95条の地方自治体の権能において、地方自治体の条例が「法律の範囲内で」制定できることについては、変更しませんでした。「上書き権」のようなことも議論されていますが、こうしたことは個別の法律で規定することが可能であり、国の法律が地方の条例に優先するという基本は、変えられないと考えたところです。

 第96条に地方自治体の財政に関する規定を新設しました。平成17年の憲法草案の中にも規定されていましたが、多少分かりやすい表現に直しました。

  (地方自治体の財政及び国の財政措置)
 第96条 地方自治体の経費は、条例の定めるところにより課する地方税その他の自主的な財源をもって充てることを基本とする。
 2 国は、地方自治体において、前項の自主的な財源だけでは地方自治体の行うべき役務の提供ができないときは、法律の定めるところにより、必要な財政上の措置を講じなければならない。
 3 第83条第2項の規定は、地方自治について準用する。

 この条の規定も、ある程度当然のことを定めたものでありますが、第1項で、地方自治は自主的財源に基づいて運営されることを基本とすることを明確に宣言したものです。「地方交付税は、第1項の財源に当たるのか。」という質問をよく受けますが、地方交付税は同項の自主的な財源に当たるものと考えています。
 第2項は、国の地方財政の保障義務を定めたものと考えていいでしょう。
 第3項で、国の財政健全性の確保に関する規定を準用しました。

 第97条の地方自治特別法の規定は、特定の地方公共団体に対してのみ適用される法律については、当該地方公共団体の住民の投票に付して同意を得なければ制定できないことを定めたものですが、平成17年の憲法草案では、最近適用例がなく、また、要件が不明確なことから、削除することとされていました。しかし、実際にそのような法律を制定する場合に、住民の同意を得る手続が不要であるとするのには問題があり、今回、適用要件の明確化を図った上で、復活させることとしました。

  (地方自治特別法)
 第97条 特定の地方自治体の組織、運営若しくは権能について他の地方自治体と異なる定めをし、又は特定の地方自治体の住民にのみ義務を課し、権利を制限する特別法は、法律の定めるところにより、その地方自治体の住民の投票において有効投票の過半数の同意を得なければ、制定することができない。

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憲法改正草案解説(8)・緊急事態



 第9章 緊急事態

 第8章の次に1章2条を設け、「緊急事態」について規定しました。東日本大震災における政府の対応の反省から、有事や大規模災害などが発生したときに、緊急事態の宣言を行い、内閣総理大臣等に一時的に緊急権限を付与することができることなどを規定しました。

  (緊急事態の宣言)
 第98条 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。
 2 緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。
 3 内閣総理大臣は、前項の場合において不承認の議決があったとき、国会が緊急事態の宣言を解除すべき旨を議決したとき、又は事態の推移により当該宣言を継続する必要がないと認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、当該宣言を速やかに解除しなければならない。また、100日を超えて緊急事態の宣言を継続しようとするときは、100日を超えるごとに、事前に国会の承認を得なければならない。
 4 第2項及び前項後段の国会の承認については、第60条第2項の規定を準用する。この場合において、同項中「30日以内」とあるのは、「5日以内」と読み替えるものとする。

 第1項で、内閣総理大臣は、外部からの武力攻撃、内乱等の社会秩序の混乱、大規模な自然災害等が発生したときは、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができることとしました。ここで重要なことは、緊急事態の宣言を発したら内閣総理大臣が何でもできるようになるわけではなく、その効果は次の第99条に規定されていることに限られているということです。この理解を誤ると、様々な誤解が生じます。よく「戒厳令か。」などと言う人がいますが、決してそのようなことではありません。第99条に規定している効果を持たせたいときに、緊急事態の宣言を行うのです。
 ここに掲げられている事態は例示であり、どのような事態が生じたときにどのような要件で緊急事態の宣言を発することができるかは、具体的には法律で規定されます。「社会秩序の混乱」には、当初テロリズムを掲げていたのですが、党内議論の中で、「『内乱』の方が適切ではではないか。」との指摘があり、「内乱等」と規定することにしました。
 同項で最も議論されたのは、「宣言を発するのに閣議にかける暇はないのではないか。」ということでした。しかし、内閣総理大臣の専権にするには余りに強大な権限であること、また、次の第99条に規定されている宣言の効果は1分1秒を争うほどの緊急性を要するものではないことから、原案どおりとしたところです。例えば「我が国に対してミサイルが発射されたときに、それを迎撃するのに、閣議決定していては、間に合わないではないか。」 などと質問されますが、そうしたことは第9条の2などの別の法制で考えるべきことであり、緊急事態の宣言とは、直接関係はありません。
 第2項で、緊急事態の宣言には、事前又は事後に国会の承認が必要であることを規定しました。当然事前の承認が原則ですが、緊急事態に鑑み、事後になることもあり得ると考えられます。
 第3項で、緊急事態の宣言の終了について、規定しました。この規定は、原案にはなく、法律事項とする考えでしたが、党内議論の中で、「宣言は内閣総理大臣に対して強大な権限を与えるものであることから、授権の期間をきちんと憲法上規定すべきだ。」という意見があり、その期間を100日とする規定を設けたところです。そのほか、国会が宣言を解除すべきと議決したときにも、宣言は解除されるものと規定しました。
 第4項で、緊急事態の宣言の承認の議決及びその継続の承認の議決については、衆議院の議決が優越することを規定しました。宣言の解除の議決については、衆議院の優越はありません。また、参議院の議決期間は、緊急性に鑑み、5日間としました。

  (緊急事態の宣言の効果)
 第99条 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。
 2 前項の政令の制定及び処分については、法律の定めるところにより、事後に国会の承認を得なければならない。
 3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第14条、第18条、第19条、第21条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。
 4 緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。

 第1項で、緊急事態の宣言が発せられたときは、内閣は緊急政令を制定し、内閣総理大臣は緊急の財政支出を行い、地方自治体の長に対して指示できることを規定しました。ただし、その内容は法律で規定され、何でもできるというわけではありません。
 緊急政令は、現行法にも、災害対策基本法と国民保護法に3件の例があります。したがって、必ずしも憲法上の根拠が必要ではありませんが、根拠があることは望まれるところです。この規定が置かれれば、以後緊急事態以外で緊急政令を制定することはできなくなります。緊急政令は、制定後直ちに国会を召集して承認を得なければならないのが現行法の例です。なお、現行法では、国会の開会中は緊急政令を制定できませんが、この規定が施行されたときにどうするかは、今後の立法政策に委ねられるものと考えます。
 緊急の財政支出の具体的内容は、法律で規定されます。予備費があれば、先ず予備費で対応するのが原則です。
 地方公共団体の長に対する指示は、現行法において憲法上の根拠がなくても可能です。したがって、この規定を置くことによって、緊急事態以外では地方自治体の長に対して指示できないと反対解釈されると困るので、これは、為念規定(念のための規定)と考えるべきでしょう。
 第2項で、第1項の緊急政令の制定と緊急の財政支出について、事後に国会の承認を得ることが必要であることを規定しました。緊急政令は、承認が得られなければ直ちに廃止しなければなりませんが、緊急の財政支出は、承認が得られなくても既に支出が行われた部分の効果に影響を与えるものではないと考えるべきでしょう。
 第3項で、緊急事態の宣言が発せられた場合には、国民は、国や地方自治体等が発する国民を保護するための指示に従わなければならないことを規定しました。現行の国民保護法において、こうした憲法上の根拠がないために、国民への要請は全て協力を求めるという形でしか規定できなかったことを踏まえ、法律の定める場合には、国民に対して指示できることとするとともに、それに対する国民の遵守義務を定めたものです。「国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置」という部分は、党内議論の中で、「国民への指示は何のために行われるのか明記すべきだ。」という意見があり、それを受けて規定したものです。
 後段の基本的人権の尊重規定は、武力攻撃事態対処法の基本理念の規定をそのまま援用したものです。党内議論の中で、「緊急事態の特殊性を考えれば、この規定は不要ではないか。」、「せめて『最大限』の文言は削除してはどうか。」などの意見もありましたが、緊急事態においても基本的人権を最大限尊重することは当然のことであるので、原案のとおりとしました。逆に「緊急事態であっても、基本的人権を制限するのは、けしからん。」と言う人もいますが、国民の生命、身体及び財産という大きな人権を守るために、そのため必要な範囲でより小さな人権がやむなく制限されることもあり得るものと考えます。
 第4項で、緊急事態の宣言が発せられた場合は、衆議院は解散されず、国会議員の任期の特例や選挙期日の特例を定め得ることを規定しました。東日本大震災の後、被災地の地方議員の任期や選挙期日を法律の特例により延長したことは、周知のとおりです。しかし、国会議員の任期や選挙期日は憲法に直接規定されているので、法律でその例外を規定することはできません。そこでその特例を定め得ることとするとともに、衆議院はその間解散されないこととしました。
 党内議論の中で、「衆議院が解散されている場合に緊急事態が生じたときは、前議員の身分を回復させるべきではないか。」という意見もありましたが、衆議院議員は一度解散されればただの人になるのであり、憲法上参議院の緊急集会も認められているので、その意見は採用しませんでした。それに対し、「いつ総選挙ができるか分からないではないか。」という意見もありましたが、緊急事態下でも総選挙の施行が必要であれば、通常の方法ではできなくとも、期間を短縮するなど何らかの方法で実施することになるものと考えます。なお、参議院議員の通常選挙は、任期満了前に行われるのが原則であり、参議院議員が大量に欠員になることは通常ありません。

※本稿は、筆者の私見に基づくものであり、自由民主党の公式見解ではないことをお断りしておきます。
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憲法改正草案解説(9)・改正/最高法規/附則/前文



 第10章 改正

 第100条の改正において、第1項で、衆参両院における憲法改正の議決要件を「3分の2以上」から「過半数」に緩和しました。現行憲法は、憲法改正の国民投票に付す前に国会の発議に両院で3分の2以上の賛成を要するいわゆる硬性憲法であり、その中でも世界で最も改正しにくい憲法となっています。憲法改正は国民投票に付して国民の意見を直接問うわけですから、その前提手続を余りに厳格にするのは、かえって国民の意思を反映しないものではないかと考えたからです。
 党内議論の中で、「過半数というのでは通常の議決と同じであり、それでは憲法が簡単に改正できてしまうので、両院の議決要件を10分の6以上としてはどうか。」という意見もありました。しかし、3分の2と10分の6では余り差はなく、法令上議決要件を10分の6とする前例もないことから、多数の意見を採用して過半数としたところです。
 このほか、憲法改正は、衆議院又は参議院の議員が発議するものとし、両院の過半数の賛成で国会が議決し、国民に提案するものとするとともに、国民の投票では有効投票の過半数が必要であることとする変更をしています。
 第2項で、憲法改正が成立した場合の天皇による公布手続について、「国民の名で、この憲法と一体をなすものとして」の部分は意味不明の規定であることから、削除しています。こういう部分も、翻訳調と考える所です。特に「この憲法と一体をなすものとして」の部分は、修正事項を当初の法令の後に追加的に規定するアメリカの法制を前提とした文言であると考えられます。

 第11章 最高法規

 現行憲法第97条は、削除しました。現行憲法には、「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は、過去幾多の試練に堪え、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。」と規定されています。一見立派な文章でありますが、誰が読んでも、この記述は、西欧の市民革命に始まる歴史を意識して書かれたものであることは、明白です。正に、英文原稿を翻訳して制定された憲法の痕跡があります。また、最後の「信託されたものである」の部分は意味不明であり、天賦人権説の色濃い文言です。
 また、基本的人権の尊重は、憲法改正草案の前文でもきちんとうたいました。さらに、第3章の国民の権利及び義務の章、特に第11条で基本的人権の保障はきちんと規定しており、それで十分と考えたところです。

 第101条の憲法の最高法規性等は、変更していませんが、第1項で、党内議論の中で、「法令の列挙の規定で、『詔勅』は、削除できないか。」という意見がありました。しかし、法律の効力を有する物価統制令や政令の効力を有する位階令などが勅令として現存しており、そのままとしました。

 第102条の憲法尊重擁護義務については、次のように規定しました。

  (憲法尊重擁護義務)
 第102条 全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。
 2 国会議員、国務大臣、裁判官その他の公務員は、この憲法を擁護する義務を負う。

 第1項で、国民の憲法尊重義務を規定しました。党内議論の中で、「国民は、『遵守義務』でいいのではないか。」という意見がありましたが、憲法も法であり、遵守するのは当然のことであって、規定を置く以上「遵守」では足らないので、一歩進めて憲法尊重義務を規定したところです。遵守との違いは、「憲法の規定に敬意を払い、その実現に努力する。」ということでしょうが、飽くまで訓示規定であり、具体的な憲法解釈上の効果があるわけではありません。
 第2項で、公務員の憲法擁護義務を規定しました。国民に憲法尊重義務を求める以上、公務員には更に一歩進めて憲法擁護義務を求めたものです。尊重義務との違いは、「憲法の規定が守られていない事態に対して、積極的に対抗する。」ということでしょうが、これも飽くまで訓示規定であり、具体的な憲法解釈上の効果があるわけではありません。
 また、現行憲法第99条において、憲法尊重擁護義務の主体として天皇及び摂政が規定されていますが、政治的権能を有しない天皇及び摂政に憲法擁護義務を課すことはできないと考え、規定しませんでした。
 なお、この規定を根拠として、従来「閣僚は、憲法改正を議論できない。」とする趣旨の答弁が行われることがありましたが、憲法の擁護とは現行憲法を守ることを求めるものであって、将来の憲法改正を議論することが直ちにこの規定に違反するものではないと考えます。

   附 則

 現行憲法では、施行期日や経過措置については、「第11章 補則」の章を置いて通し条(条番号を本則と通算すること。)で規定されていましたが、憲法改正草案では、現在の法制に倣い、本則とは別に附則を置いて規定することとしました。附則の具体的な内容については、説明を省略します。

   前 文

 最初に戻って、前文を解説します。前文は、次のように規定しました。

 日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴(いただ)く国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。
 我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。
 日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。
 我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。
 日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する。


 平成17年の憲法草案でも、前文は全部書き換えを行いましたが、今回は更に全部書き換えを行いました。現行憲法の前文は、全くの翻訳調でつづられており、日本語としての違和感を感じます。アメリカのリンカーン大統領が演説した「人民の、人民による、人民のための政治」の趣旨が取り入れられていることは、有名です。特に問題なのは、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」という部分です。これは、ユートピアの発想による自衛権の放棄にほかなりません。こうしたことから、前文の全部書き換えは、不可避と考えたところです。

 前文は、文飾にこらず、日本語らしく分かりやすい短い文章で表現することを心掛けました。党内議論の中で、「文章の専門家に書いてもらってはどうか。」という意見がありましたが、具体的な規定ではない前文について様々な意見が出されている中で、特定の人に書いてもらうというのも、困難な状況にありました。
 全体を通じ、日本国憲法の三大原則である主権在民、平和主義及び基本的人権の尊重について、きちんと書き込みました。その上で、自民党の主張である自助、共助を大切にすることを中心に据えました。

 第一段落では、いわゆる国体について、象徴としての天皇を戴く国家であることを明らかにし、かつ、主権者である国民の下に、三権分立に基づいて統治される国家であることをうたいました。
 第二段落では、戦後の歴史に触れた上で、平和主義に徹するとともに、世界の平和と繁栄のために貢献することをうたいました。
 第三段落では、国と郷土を自ら守り、家族や社会が助け合って国家を形成する自助、共助の精神をうたいました。その中で、基本的人権を尊重することを求めました。党内議論の中で、「和の精神は、聖徳太子以来の我が国の徳性である。」という意見を受けて、最終段階で、「和を尊び」の文言を挿入しました。
 第四段落では、自民党の綱領の精神である「自由」を掲げるとともに、自由には規律を伴うものであることを明らかにした上で、国土と環境を守り、教育と科学技術を振興し、活力ある経済活動を行うことをうたいました。
 第五段落では、伝統ある我が国を長く子孫に継承することをうたい、新憲法を制定することを宣言しました。

※本稿は、筆者の私見に基づくものであり、自由民主党の公式見解ではないことをお断りしておきます。
※「憲法改正草案」は、こちらを御覧ください。


憲法改正草案解説(番外編・終)



 憲法改正草案を発表して1か月を超えましたが、大方の御支持を頂いているのは、うれしい限りです。一方で、反対意見も出そろってきた感じがしますが、その中には、感覚的な批判が多く、余り法律論に基礎を置くものは少ないように思われます。

 第一に、前半の天皇、安全保障及び国民の権利及び義務の章で保守回帰的な内容だとする批判があります。自民党は、保守政党であり、その主張を憲法改正に反映しようとして草案を策定したのですから、このことは、批判というよりも、賞賛とも受け取れます。少し個別の議論をしてみましょう。

 まず、第1章で天皇を元首として定め、国旗・国歌及び元号の規定を設けました。このことをもって保守的と言われるのであれば、そのとおりです。しかし、天皇が元首であることは外交プロトコル上も紛れもない事実であり、国旗国歌法も、元号法も、現行法として存在しています。今までなかったことを新たに憲法に規定したのではなく、今まで決められていたことを明示的に憲法に規定しただけのことです。天皇の公的行為の規定の追加も、学説に従ったまでのことです。したがって、現在の象徴天皇制を何ら変えようとするものではありません。

 次に、第2章で平和主義を定める戦争の放棄についての規定は基本的に現行のままとし、自衛権について明文の規定を置いて、自衛隊に代えて国防軍を置くこととしました。自衛権を保持することは、国家の当然の権利、自然権であります。軍隊の保持については、世界中の国家を見ても、都市国家のようなものを除き、一定規模以上の人口を持つ国家において軍隊を保持していないのは、日本だけであります。自衛権も、軍隊も、世界標準のことを定めたにすぎません。集団的自衛権について、今回の草案策定に当たって直接議論したわけではありませんが、集団的自衛権は国連憲章が認める権利であり、その権利を保持し、行使できるようにすることは、年来の自民党の主張であります。もちろん、実際にそれをどのように行使できるようにするかは、法律の規定に委ねられます。

 次に、第3章で人権の調整原理として従来の「公共の福祉」に代えて「公益及び公の秩序」を導入しました。「公共の福祉」という文言が曖昧であることから、通常使われる「公益」という言葉に読み替えたものです。「公益」とは「公共の利益」のことですから、意味合いは変わっていません。確かに「公の秩序」を加えた分だけ幾分制限的な文言になりましたが、「公の秩序」とは、「社会秩序」のことであり、平穏な社会生活をいうものと考えます。個人が人権を主張する場合に、他人に迷惑を掛けてはいけないのは、当然のことです。そのことをより明示的に規定しただけであり、このことにより人権が大きく制約されるものではありません。

 第二に、国会、内閣及び裁判所の統治機構について大きな改正をしなかったことについて、批判があります。特に一院制の導入や衆議院の再議決権の緩和を盛り込まなかったことについては、ねじれ国会の現状を踏まえ、党内でもなお意見が残っています。今回の草案作りは、サンフランシスコ平和条約発効60周年を機に、平成17年の新憲法草案を土台として、自主憲法と呼ぶにふさわしい新たな憲法案を策定することにありました。したがって、大きな統治機構の改変は、別の機関で個別の議論を深めることによって具体化すべきであると考えたところです。
 また、党内においても、一院制の導入について、圧倒的な賛同が得られるという状況にないことも、正直なところです。まず、「二院制の問題点をきちんと洗い出して、参議院改革を模索する方が先ではないか。」という意見も、有力でした。
 いずれにしても、統治機構の大きな改革を盛り込まなかったことについては、今回の草案策定作業の一つの限界であったことは、率直に認めなければなりません。

 第三に、一章を設けて緊急事態について規定を設けたことについては、多数の評価を頂いています。東日本大震災の対応の不手際などを反省し、緊急事態において、国家が機敏な対応をとれるよう規定を設けたものです。しかし、一部で、緊急事態において、国等が発する指示に対して、国民の遵守義務を定めたことについて、批判をする人もいます。言うまでもなく、緊急事態における国等の指示は、事態から国民の生命、身体及び財産を守るために発せられるものであり、それに国民が従うのは、当然のことであります。国家の緊急事態においては、国民の最大の人権であるその生存を守るために、より小さな人権が制限されることは、やむを得ません。しかし、実際国民保護法の前例を見ると、人権の制限は、財産権の極めて限定的なものしか規定されておらず、思想信条の自由などの基本的人権を制限することはあり得ないと考えています。

 以上のように、様々な御批判に対しては、十分対応できる憲法改正草案であると考えているところです。もちろん、憲法は、政治思想と大きく関わっているものであり、実際に憲法を改正する段階になると、様々な議論が出てくるのは、当然のことであります。できるだけ多くの国民の皆さんの合意が形成できるよう、しっかりと議論をして、必要な修正をすることは、全くやぶさかではありません。次の段階では、多くの御意見を謙虚に受け止め、より充実した憲法改正草案に磨き上げていくことも、必要です。

※本稿は、筆者の私見に基づくものであり、自由民主党の公式見解ではないことをお断りしておきます。
※「憲法改正草案」は、こちらを御覧ください。