少子化を考える
(6月5日)

1 少子化対策

 少子高齢化という基本的でかつ大きな課題について、人口減少社会が始まった中でもう一度考えてみたいと思います。高齢化は、基本的にはおめでたいことであり、それが元気で長生きならば良いことなのですが、このことは別の機会に議論します。一方で、高齢者を支える働き盛りの人口の減少は、社会負担の増加とともに、個人的にも社会的にも大きな問題となっています。

 少子化問題の解決には、多くの人によって多くの子を産んでもらうしかありません。これは、基本的なことであり、厳然とした事実です。ただし、個々の人が幾人の子を持つかということは、個人の自由であるということを、大前提としなければなりません。一方で、社会全体で少子化を少しでも改善するために出生率をどうしたら上げていくことができるかを考えることは、決して間違ったことではありません。少子化問題を議論するに当たっては、個人の問題と社会の問題を一緒くたにしないということが重要なのです。その上で、性の問題についても遠慮した議論をしていては、なかなか少子化の本質論に入っていくことができません。

 私が自治大学校で教授をしていた時期に、地方公務員を対象に少子化問題に関するゼミを持っていたことがあります。その当時から、学生のレポートには、保育の充実に関するものが圧倒的に多かったのです。待機児童問題は、既に何十年も課題とされてきたものであり、行政のこれまでの大きな努力にもかかわらず、急激な女性の社会進出に伴って今なお大きな課題として残されています。しかし、その時、私は、「結婚した夫婦の合計特殊出生率は、決して小さくない。保育の充実は、重要な政策課題ではあるが、少子化の決め手ではないのではないか。」と、指摘していました。この考えは、今でも変わっていません。ただし、現在では、経済的理由から、共働きなどをせざるを得ないという切迫度が過去よりも大きくなっています。

 このほか、教育費の問題も、大きな課題です。高学歴化に伴い一人の子供に掛ける教育費が大きくなり、家計の大きな負担になっています。給付型奨学金の拡充などを進めるとともに、教育制度全体の見直しをすることも必要でしょう。また、地域医療の観点から、出産をめぐる社会的なサポートを強化することの必要性も説かれています。このような結婚している夫婦に対する助成施策も少子化対策として重要でありますが、まず、少子化の最大の原因に迫る必要があります。それは、言うまでもなく、晩婚化・未婚化にあります。

 例えばフランスなど、少子化対策に一定の成果を出した国があります。そうした国では、シングルマザー対策に力を入れています。フランスでは、シングルマザー率は、小学校で40パーセント台に及んでいます。シングルマザー対策ももちろん重要ですが、我が国で、それを奨励することまで適当かどうかは、議論の分かれるところです。

 我が国で、最も深刻なことは、晩婚化でしょう。男女ともに30歳を超えないとなかなか結婚しないようになってきました。それに伴って、産む子供の数も、当然少なくなってきます。最近の医学で、卵子のみでなく、精子も30歳を過ぎると老化してくることが明らかになってきました。生物学的に見れば、出産適齢期を過ぎて結婚する人が増えているのです。ある医学雑誌では、人工授精によらず出産するためには、1人の場合は32歳、2人の場合は27歳、3人の場合は23歳までに子作りを始めるのが望ましいとしています。この晩婚化について、焦点を合わせたいと思います。

2 晩婚化の原因

 晩婚化の原因が女性の社会進出にあることは、事実でしょう。男女共同参画社会を目指し、人口減少社会であるからこそ女性にも男性と同様社会的な役割を果たしてもらわなければならないのは、当然の社会的要請です。そうした中で、女性の社会進出が既婚未婚を問わず増大しているのは、周知のとおりです。では、なぜ男女は20歳代で結婚しなくなったのでしょうか。幾つかのことが考えられます。

 第一に、女性も人生を謳歌するようになったということがあると思います。「三界に家なし」と言われ、過去長い間女性の自由は軽んじられてきました。女性の社会進出に伴い、女性がキャリアを持ち、また、収入を得、男性と対等に渡り合える時代が来たことは、本当に素晴らしいことです。せめて20歳代ぐらいは家庭を離れて人生を楽しみたいと思っていても、不思議ではありません。女性の目には、結婚は束縛と見えているのかもしれません。そして、今のキャリアを捨てないためには、保育の支援が確実であることを求めています。

 第二に、女性の社会進出に伴って女性が強くなり、どういう訳か男性が弱くなったという指摘もあります。いわゆる肉食女子や草食男子が増えてきたという話があります。社会的に強くなった女性が弱い男性のために結婚しようとは思わないのかもしれません。また、弱い男性が強い女性を結婚に持ち込むだけの力がなくなったのかもしれません。論証は難しいのですが、多くの人がそう感じています。

 第三に、重要なことですが、男女ともに、自ら20歳代は幼いと考えている節があります。会社の中でも下っ端で、一人前ではないと考え、一人前でないのに結婚はできないと考えている若者が結構たくさんいるのです。確かに若者の力量が落ちているのは、事実です。霞が関でも、かつては大臣の国会答弁は見習い(平官僚)が書いていましたが、今では課長補佐が書いているのが通常のようです。私は、成人年齢の18歳引下げを推進してきた一人でありますが、やや残念な気がします。

3 結婚観の変化

 果たしてこうしたことの背景に何があるのでしょうか。私たちの世代、私たちの父母の世代と何が違うのでしょうか。一言で言えば、結婚観の変化と言うことでしょう。

 父母の時代には、「一口では食えないが、二口ならば食える。」という言葉がありました。非常に貧しいので一人ではやっていけないが、夫婦となって協力して二人でやりくりしていけばなんとか生活することができるという意味です。そういう経済的な理由も、あったのでしょう。それよりも何よりも、たとえ貧しかろうと、大変な生活であろうと、夫婦となり家庭を作り、子を成して一家を築くことが、何よりも安定した生活へつながる道だという考えがあったのでしょう。このことは、農耕民族として家族労働力の必要性から生まれた本能的なことであったかもしれません。

 私たちの若い時代は、決して豊かでないにしても、それほど貧しくもない時代でした。結婚して家族を持ち、それによってこそ社会的に一人前になるという感覚が強かったのだと思います。今の若い人たちの一人前になってから結婚するというのと全く逆であり、一人前になるためにこそ結婚しようと考えていたのです。口幅ったい話ですが、自由恋愛の時代の中でまず男女の愛情が人生の根本にあるという意識が強く、そのことが経済的事情など他のことに優先するというある意味素朴な考えが強かったのだと思います。

 飽食過保護世代の若い人たちにとって、結婚というのは、きちんとセットされた確実なものでなければならないという意識が強いのではないかと思います。安定した生活が保障されるのでなければ、結婚へ踏み切れないという認識を持っているのでしょう。民間調査機関によると、30歳を過ぎると自分の収入や仕事のスキルも上がってくるので、当然相手に対して要求するレベルも高まってきます。しかし、相手から見た自分の価値は、率直に言って年齢の上昇に伴ってやはり下がってくるのです。ここで、結婚に関する需要供給曲線の交わりがなくなるという危険性が高まります。それでも、ネット社会、グルメや海外旅行など若い人たちを慰め、喜ばせる手段には事欠かず、年齢を忘れさせます。

 問題は、若い人たちの多くが、それでもいいと考えていることです。漠然と結婚して子供を作りたいと思ってる人は決して少なくないのですが、そのために努力しなければならないと焦りを持つ人は少なくなっています。なんとか生きていける時代だからでしょう。本当は、自分の老後のことを考えるとそんなに安閑とはしていられないはずなのですが、そんなことを言っても今の若い人たちにはピンときません。

4 原因究明の必要性

 だから、少子化対策は、難しいのです。地方公共団体では、婚活の手助けをするとともに、子供を産み育てる環境の整備に努力しています。そのことは、一定の成果を出していると思います。しかし、晩婚化・未婚化は若い人たちの結婚観の変化によるものであるので、結婚事情に劇的な変化をもたらすのは難しいのです。したがって、婚活や出産、育児を支援するなどの環境整備に努めていくしかないということにもなるのでしょう。また、格差社会の中で、若い人に十分な所得がないので結婚できないと指摘する向きもあります。私は、そのことを否定しません。しかし、一方で、豊かな社会であるからこそ、親に経済力があれば子に結婚を迫る必要性が薄れているということも言えるのでしょう。

 いずれにしても、愛し合う男女が一体となりたいという基本的な欲求やその結果として子を成して家庭を設けるという巣作りなどの根源的な本能が減退しているのは、一体なぜなのでしょうか。いろいろなことが言えるのかもしれませんが、確たる理論はありません。私は、そのことに科学的なメスを入れていかないと、少子化の問題は解決できないと思います。人口がある程度減少してくると、また人口は自然に増加に転ずるという楽観的な見方もあります。本当でしょうか。もしそうでなければ、我が国は早晩滅亡の危機を迎えます。私は、少子化問題を単なる社会学の問題として捉えるのではなく、心理学や生物学などを総動員し、学際的な研究をすべき秋であると考えます。晩婚化・未婚化の原因が分かっているような振りをして、周辺対策ばかりにお金を掛けていては、無駄な投資に終わります。真の原因を究めなければ、効果的な対策は打てない。私は、そう思います。

「政」と「官」再考
(5月8日)

1 内閣の調整力の変遷
 一連の行政の不祥事の原因が強い内閣官房への忖度(そんたく)にあるような相当に論理が飛躍したことがまことしやかに言われています。そこまでは行かなくとも、官僚の頂点を極めた人の中にも、幹部人事を一元的に管理する内閣人事局の在り方に対して批判する人がかなりいます。

 戦後の日本の内閣制度を振り返ると、官邸(内閣)の力はそれほど強いものではありませんでした。官邸は永田町(政界)の一部として捉えられており、霞が関には省庁が群雄割拠していたのです。官邸の調整力は総理が興味を持つ一部の事柄に限られ、多くのことは省庁間の調整によって決められていました。後藤田正晴先生が内閣官房長官になった頃から官邸の力は上がってきたと言われています。それまでは、官房長官は、総理の第一秘書のようなものであり、並みの大臣よりも下に見られていました。それでも、内閣が行政の全体をコントロールしているということはなく、飽くまで総理の関心事に沿ってトピック的に霞が関に注文を付けていたという状況にあったのでしょう。

 私が関わった国民保護法制の策定の頃から内閣官房が実質的な事務を所管するようになってきました。当時はまだ内閣官房が調整事務以外の実質的な業務を執行するのはおかしいという考え方が支配的であり、内閣官房は、省庁が提出してきた書類をホチキスでとじるような仕事しかしていなかったのです。内閣官房の有事法制チームが省庁横断的な法律案を自ら執筆し始めた時には、省庁は驚きを隠せませんでした。このことはまだ十数年前の事ですから、内閣官房が力を付けてきたのは確かについ最近のことなのです。

2 官邸の意思決定の在り方
 なぜ内閣総理大臣という最高権力者が霞が関に対して支配権を確立できないかというと、それは構造的な原因にあります。一つには、行政は余りに膨大な事項を所管しているので、内閣にはそれを総括的に管理する能力が及ばないということがあります。したがって、予算編成を通じて総括管理する行政組織を有している大蔵省(財務省)主計局が長い間大きな権力を掌握してきたのです。そのため、政治の側でも、大蔵省から金融庁を分離するとともに、内閣府に経済財政諮問会議を設置し、財務省の力を削いできたわけですが、いまだに予算編成権の実質は主計局にあります。このことについては、別の機会に論じたいと思います。

 もう一つは、日本の行政が会議で物事を決めないという悪弊にあると思います。いわゆる「茶坊主政治」ということが基本的にはまだ続いていると思います。戦国時代であれば、親方様の回りに諸将が集まって軍議を行っていました。江戸時代に入って、社会が安定してくると、将軍は「良きに計らえ」ということになって、誰がどこで政治決断をしているのか曖昧になってきました。老中や側用人などごく一部の側近だけが将軍に会い、その老中や側用人に茶坊主の取り次ぎに従って一部の大名や旗本が個別に会って物事が決められるようになってきたのです。私は、こうした密室での意思決定の仕組みが戦前の軍部台頭の時代を経て、今日まで続いているのではないかと考えています。

 どういうことかというと、政府の意思決定は当然閣議で行いますが、それは形式的なものです。実質的には、総理の了解を得ることが必要な事柄を所管している省庁の局長が総理執務室に入り、少人数の陪席の下に「御説明」を行って物事を決定するという方式がいまだに続いています。そして、総理の了解を得たと他省庁にも触れ歩いて、世の中が動いているのです。これではいけないということで、安倍総理のリーダーシップの下設置したのが新しい国家安全保障会議です。少なくとも国家の存立に関わる安全保障政策については、誰がどこで決めたのか分からないでは済まされず、きちんと法律で定められた構成員で組織する会議で物事を決定することにしたのです。それまでは、外務省や防衛省が個別に総理の説明に入っており、必ずしも統一的な政策になっていませんでした。しかし、安全保障以外の分野では、従来の仕組みのままです。

 各省庁でも同じことです。ほとんどの省庁で実質的に会議で物事を決定しているわけではありません。担当局長やその職員が政務官、副大臣、大臣の部屋を順次回って「御説明」を行い、異議がなければ、その省庁の意思決定としているのです。私は、政務三役そろった会議で一緒に物事を決定すれば、もっといい智恵が出てくるのではないかと思います。民間では、ガバナンス強化の一環として、取締役の数を減らし、外部取締役を交えて取締役会が実質的に機能するよう努めているところです。私は、市役所に2回勤めたことがありますが、その度に「政策調整会議」というものを設置してもらいました。それまでは、「市長が言っているようだ。」というような話が余りに多くまかり通っていたのです。そこに妙な「忖度」が発生する可能性があるのです。「政策調整会議にかけなければ、市としての意思決定にはなりません。」ということを他の部局長に強くお願いしました。省庁でも、政務三役の会議でその省庁の基本政策を決定すべきであると考えます。「政務三役」という概念の導入は、旧民主党政権の功績の一つです。

 官邸においても、膨大な数ある関係閣僚会議を整理して、構成員を限定した小閣議のようなものを設けてはどうかと考えます。そこで、各省庁の政策を実質的にコントロールするというのはどうでしょうか。イギリスには、インナーキャビネットというものがあると聞いています。小閣議の前例である国家安全保障会議の仕組みは、十分参考になると思います。ただし、閣議と各省大臣の権限の間で何を議題とするかは、結構難しい問題であります。

 ここまでで言いたいことは、「政」と「官」の関係を明確化するためには、責任が不明確な取り次ぎ個別了解の「茶坊主政治」を止め、公式の会議の場でその接点を明確化する必要があるということです。もちろん官僚からの個別の根回しや説明を否定するものではなく、それはそれで当然あるべきものと考えますが、政策の意思決定というものは明確な制度の下で行われるべきであると申し上げているのです。そうすることにより、「政」と「官」の責任分担も明確になるものと考えます。

3 内閣人事局の功罪
 内閣人事局については、その法律の立案時に、私は、「やややり過ぎではないか。」と主張していました。従来省庁の局長級以上の人事は内閣の了解が必要であったのであり、そうであれば内閣人事局は人事だけ所掌すればいいのであって、定数管理、組織査定、公務員制度まで全部所管する必要性はないのではないかと意見をしました。私はこういう事務は、もう一度人事院や総務省と適切に分担管理すべきだと考えます。その中でも、給与制度だけは財務省主計局に残されました。定数管理についても、課長級まで所掌するという内閣官房とそれに反対する人事院との間で大げんかになり、私は幾つかの斡旋案を出しましたが、双方聞かずに終わってしまったことをよく覚えています。人事も、官邸の関与は、局長級以上でいいのではないかと考えています。

 従来官僚の人事に政治は口を出さないというのが不文律でしたが、これは、今の時代、民主主義の精神に沿うものではないと思います。各府省の大臣がしっかりと人事査定を行い、一定の幹部クラスの職員の人事は内閣が関与するということは、全くおかしいことではありません。それがために、官僚が内閣の方を向いて言いたいことも言えないというのは、ためにする議論であります。ただし、「誰彼の意見によって人事が変えられたようだ。」というような報道が行われるのは、望ましいことではありません。私は、人事手続の透明性を確保する必要があると思います。やや官僚には厳しいことかもしれませんが、各大臣がどういう人事案を内閣に提出し、それに対して内閣がどういう意見を付けたのか、きちんと公開してはどうかと考えます。それでも水面下の調整が行われる可能性は否定できませんが、改善は期待できます。権力の仕組みではなく、権力の運用に課題があるのです。

 「茶坊主政治」はそれによって根回しを受ける政治家にとっては心地いいことかもしれませんが、そのやり方には、マインドコントロールとまでは言いませんが、官僚から「逆分割統治」を受けている可能性があることにも気付くべきです。一人ではなかなか官僚機構を動かすことはできません。そこで、政治家が一人で官僚の説明を聞いて判断するのではなく、正式な会議の場で複数同士で「政」と「官」が接する機会を設けることにより、より行政の透明性が高まるとともに、繰り返しになりますが「政」と「官」の責任分担も明確化するものと考えられます。

※「茶坊主政治」というのは、江戸城で大名などの接遇を担当していた「茶坊主」と呼ばれる武士たちが、老中や側用人などへの用件の取り次ぎも行っており、そうした取り次ぎ政治の実態を言っているのであり、今日総理執務室に入る官僚の皆さんを「茶坊主」と言っているのではありませんので、くれぐれも誤解のないようお願いします。


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