「政」と「官」再考
(5月8日)

1 内閣の調整力の変遷
 一連の行政の不祥事の原因が強い内閣官房への忖度(そんたく)にあるような相当に論理が飛躍したことがまことしやかに言われています。そこまでは行かなくとも、官僚の頂点を極めた人の中にも、幹部人事を一元的に管理する内閣人事局の在り方に対して批判する人がかなりいます。

 戦後の日本の内閣制度を振り返ると、官邸(内閣)の力はそれほど強いものではありませんでした。官邸は永田町(政界)の一部として捉えられており、霞が関には省庁が群雄割拠していたのです。官邸の調整力は総理が興味を持つ一部の事柄に限られ、多くのことは省庁間の調整によって決められていました。後藤田正晴先生が内閣官房長官になった頃から官邸の力は上がってきたと言われています。それまでは、官房長官は、総理の第一秘書のようなものであり、並みの大臣よりも下に見られていました。それでも、内閣が行政の全体をコントロールしているということはなく、飽くまで総理の関心事に沿ってトピック的に霞が関に注文を付けていたという状況にあったのでしょう。

 私が関わった国民保護法制の策定の頃から内閣官房が実質的な事務を所管するようになってきました。当時はまだ内閣官房が調整事務以外の実質的な業務を執行するのはおかしいという考え方が支配的であり、内閣官房は、省庁が提出してきた書類をホチキスでとじるような仕事しかしていなかったのです。内閣官房の有事法制チームが省庁横断的な法律案を自ら執筆し始めた時には、省庁は驚きを隠せませんでした。このことはまだ十数年前の事ですから、内閣官房が力を付けてきたのは確かについ最近のことなのです。

2 官邸の意思決定の在り方
 なぜ内閣総理大臣という最高権力者が霞が関に対して支配権を確立できないかというと、それは構造的な原因にあります。一つには、行政は余りに膨大な事項を所管しているので、内閣にはそれを総括的に管理する能力が及ばないということがあります。したがって、予算編成を通じて総括管理する行政組織を有している大蔵省(財務省)主計局が長い間大きな権力を掌握してきたのです。そのため、政治の側でも、大蔵省から金融庁を分離するとともに、内閣府に経済財政諮問会議を設置し、財務省の力を削いできたわけですが、いまだに予算編成権の実質は主計局にあります。このことについては、別の機会に論じたいと思います。

 もう一つは、日本の行政が会議で物事を決めないという悪弊にあると思います。いわゆる「茶坊主政治」ということが基本的にはまだ続いていると思います。戦国時代であれば、親方様の回りに諸将が集まって軍議を行っていました。江戸時代に入って、社会が安定してくると、将軍は「良きに計らえ」ということになって、誰がどこで政治決断をしているのか曖昧になってきました。老中や側用人などごく一部の側近だけが将軍に会い、その老中や側用人に茶坊主の取り次ぎに従って一部の大名や旗本が個別に会って物事が決められるようになってきたのです。私は、こうした密室での意思決定の仕組みが戦前の軍部台頭の時代を経て、今日まで続いているのではないかと考えています。

 どういうことかというと、政府の意思決定は当然閣議で行いますが、それは形式的なものです。実質的には、総理の了解を得ることが必要な事柄を所管している省庁の局長が総理執務室に入り、少人数の陪席の下に「御説明」を行って物事を決定するという方式がいまだに続いています。そして、総理の了解を得たと他省庁にも触れ歩いて、世の中が動いているのです。これではいけないということで、安倍総理のリーダーシップの下設置したのが新しい国家安全保障会議です。少なくとも国家の存立に関わる安全保障政策については、誰がどこで決めたのか分からないでは済まされず、きちんと法律で定められた構成員で組織する会議で物事を決定することにしたのです。それまでは、外務省や防衛省が個別に総理の説明に入っており、必ずしも統一的な政策になっていませんでした。しかし、安全保障以外の分野では、従来の仕組みのままです。

 各省庁でも同じことです。ほとんどの省庁で実質的に会議で物事を決定しているわけではありません。担当局長やその職員が政務官、副大臣、大臣の部屋を順次回って「御説明」を行い、異議がなければ、その省庁の意思決定としているのです。私は、政務三役そろった会議で一緒に物事を決定すれば、もっといい智恵が出てくるのではないかと思います。民間では、ガバナンス強化の一環として、取締役の数を減らし、外部取締役を交えて取締役会が実質的に機能するよう努めているところです。私は、市役所に2回勤めたことがありますが、その度に「政策調整会議」というものを設置してもらいました。それまでは、「市長が言っているようだ。」というような話が余りに多くまかり通っていたのです。そこに妙な「忖度」が発生する可能性があるのです。「政策調整会議にかけなければ、市としての意思決定にはなりません。」ということを他の部局長に強くお願いしました。省庁でも、政務三役の会議でその省庁の基本政策を決定すべきであると考えます。「政務三役」という概念の導入は、旧民主党政権の功績の一つです。

 官邸においても、膨大な数ある関係閣僚会議を整理して、構成員を限定した小閣議のようなものを設けてはどうかと考えます。そこで、各省庁の政策を実質的にコントロールするというのはどうでしょうか。イギリスには、インナーキャビネットというものがあると聞いています。小閣議の前例である国家安全保障会議の仕組みは、十分参考になると思います。ただし、閣議と各省大臣の権限の間で何を議題とするかは、結構難しい問題であります。

 ここまでで言いたいことは、「政」と「官」の関係を明確化するためには、責任が不明確な取り次ぎ個別了解の「茶坊主政治」を止め、公式の会議の場でその接点を明確化する必要があるということです。もちろん官僚からの個別の根回しや説明を否定するものではなく、それはそれで当然あるべきものと考えますが、政策の意思決定というものは明確な制度の下で行われるべきであると申し上げているのです。そうすることにより、「政」と「官」の責任分担も明確になるものと考えます。

3 内閣人事局の功罪
 内閣人事局については、その法律の立案時に、私は、「やややり過ぎではないか。」と主張していました。従来省庁の局長級以上の人事は内閣の了解が必要であったのであり、そうであれば内閣人事局は人事だけ所掌すればいいのであって、定数管理、組織査定、公務員制度まで全部所管する必要性はないのではないかと意見をしました。私はこういう事務は、もう一度人事院や総務省と適切に分担管理すべきだと考えます。その中でも、給与制度だけは財務省主計局に残されました。定数管理についても、課長級まで所掌するという内閣官房とそれに反対する人事院との間で大げんかになり、私は幾つかの斡旋案を出しましたが、双方聞かずに終わってしまったことをよく覚えています。人事も、官邸の関与は、局長級以上でいいのではないかと考えています。

 従来官僚の人事に政治は口を出さないというのが不文律でしたが、これは、今の時代、民主主義の精神に沿うものではないと思います。各府省の大臣がしっかりと人事査定を行い、一定の幹部クラスの職員の人事は内閣が関与するということは、全くおかしいことではありません。それがために、官僚が内閣の方を向いて言いたいことも言えないというのは、ためにする議論であります。ただし、「誰彼の意見によって人事が変えられたようだ。」というような報道が行われるのは、望ましいことではありません。私は、人事手続の透明性を確保する必要があると思います。やや官僚には厳しいことかもしれませんが、各大臣がどういう人事案を内閣に提出し、それに対して内閣がどういう意見を付けたのか、きちんと公開してはどうかと考えます。それでも水面下の調整が行われる可能性は否定できませんが、改善は期待できます。権力の仕組みではなく、権力の運用に課題があるのです。

 「茶坊主政治」はそれによって根回しを受ける政治家にとっては心地いいことかもしれませんが、そのやり方には、マインドコントロールとまでは言いませんが、官僚から「逆分割統治」を受けている可能性があることにも気付くべきです。一人ではなかなか官僚機構を動かすことはできません。そこで、政治家が一人で官僚の説明を聞いて判断するのではなく、正式な会議の場で複数同士で「政」と「官」が接する機会を設けることにより、より行政の透明性が高まるとともに、繰り返しになりますが「政」と「官」の責任分担も明確化するものと考えられます。

※「茶坊主政治」というのは、江戸城で大名などの接遇を担当していた「茶坊主」と呼ばれる武士たちが、老中や側用人などへの用件の取り次ぎも行っており、そうした取り次ぎ政治の実態を言っているのであり、今日総理執務室に入る官僚の皆さんを「茶坊主」と言っているのではありませんので、くれぐれも誤解のないようお願いします。

自民党憲法改正素案の解説(3月29日)

 自民党憲法改正推進本部は、去る3月25日に開催された党大会までに、憲法改正を目指す4項目について、長時間の議論を経て細田本部長に一任することを決定し、議論に一段落を付けました。これで憲法改正の条文案が確定したわけではなく、下記の条文は飽くまで「条文イメージ(たたき台素案)」として示されたものであり、引き続き、憲法改正へ向けて両院の憲法審査会の場などにおいて党内外の議論が続けられることになります。
 そうした前提の下、条文素案の解説を試みますが、私は現在憲法改正推進本部の役員ではないので、下記の解説は、私的なものであって、自民党の見解ではないことをお断りしておきます。なお、憲法改正推進本部の公式解説は、こちらから御覧ください。

 【自衛隊の明記】
第9条 (現行どおり)
第9条の2 前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要
 な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、
 内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。
A 自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。

 憲法第9条の改正案の最大の議論は、現行憲法の同条第2項を残すかどうかということでした。同項は、戦力の不保持と交戦権の否認を定めた規定であり、平成24年の自民党憲法改正草案(以下単に「草案」といいます。)でも、実質的に削除されていました。
 それを残すと、自衛隊は「実力」であって「戦力」ではない、あるいは、交戦権の否認の下自衛権の行使はできるというようなある意味苦しい憲法解釈を続けていかなければならず、国民に分かりにくいという指摘も多く出されました。
 一方で、同項は、同条第1項とともに「自衛権の行使は、必要最小限度でなければならない。」という政府解釈の根拠となるものであり、それを削除すると自衛権の範囲が拡大するという懸念がありました。また、同条第2項を残すことにより、この政府解釈を変えないことを明らかにすることも、必要でした。様々な議論がありましたが、国民や他党の理解を得るためには、現行の自衛権に関する政府解釈をいささかも変えるべきではないという意見が大勢を占め、同項を残すこととしました。
 そして、第9条には一切手を付けずに、第9条の2を新設し、自衛隊の保持について規定することとしました。自衛隊違憲論に終止符を打つことは、極めて意義深いことです。原案には「必要最小限度の実力組織として」という趣旨の文言が入っていましたが、「必要最小限度」は、政府解釈としては理解できるが、憲法の条文に規定すると新たな解釈問題を引き起こしかねないという批判が多数あり、規定からは除外されてこのような規定となりました。なお、「前条の規定は、〜必要な自衛の措置をとることを妨げ」ないとしたときに、前条第2項の存置にもかかわらず、同項に係る政府解釈までもが否定されることにならないかという解釈上の懸念のあることは指摘しておきたいと思います。
 「内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする」と規定したのは、シビリアンコントロール(文民統制)を明確にするとともに、旧憲法の「統帥権の独立」などの反省から、自衛隊が行政権である内閣の所轄に属するものであることを明確にするものです。
 くわえて、多国籍軍による集団安全保障措置が講じられる場合の「後方支援」などが、この規定で読み得るかという議論もありますが、武力の行使を伴わない自衛隊の附帯業務は、法律によって定め得る事項だという考え方もあるのでしょう。

 【緊急事態対応】
第73条の2
 大地震その他の異常かつ大規模な災害により、国会による法律の制定を待つい
 とまがないと認める特別の事情があるときは、内閣は、法律で定めるところにより、国民の生
 命、身体及び財産を保護するため、政令を制定することができる。
A 内閣は、前項の政令を制定したときは、法律で定めるところにより、速やかに国会の承認を
 求めなければならない。

第64条の2 大地震その他の異常かつ大規模な災害により、衆議院議員の総選挙又は参議院
 議員の通常選挙の適正な実施が困難であると認めるときは、国会は、法律で定めるところによ
 り、各議院の出席議員の3分の2以上の多数で、その任期の特例を定めることができる。

 この緊急事態対応の規定は「大地震その他の異常かつ大規模な災害」を対象とすることとしていますが、私は、有事の「武力攻撃災害」や大規模テロ等の「緊急対処事態災害」も含み得るものと考えています。そうした大規模災害が生じたときは、「国民の生命、身体及び財産を保護するため」に法律に代わる政令(緊急政令)を制定できることとされました。
 緊急政令は、現行法制でも災害対策基本法、国民保護法及び新型インフルエンザ等対策特別措置法に例がありますが、国会の閉会中にしか制定できず、モラトリアム(債務猶予)などの規定は、スピードが重要なことから、国会の開会中でも制定できるようにすることの必要性が従来説かれていました。
 野党などが緊急政令について行政権に権限を集中させる危険極まりない規定であるなどと批判していますが、決して政府の任意で何でも規定できるわけではありません。「法律で定めるところにより」とあるように、何について緊急政令を定め得るのかは、その制定手続とともにあらかじめ法律に規定しておくのです。私は、そのことを強調するために「あらかじめ法律で定める事項に限り」などと規定してはどうかと提案したところです。
 草案に規定のあった予算がない場合の財政執行等、地方公共団体の長への指示や国民保護のための国民への指示の規定は、盛り込まれませんでした。
 大規模災害時の国会議員の任期の延長の規定は、緊急事態宣言の規定が置かれなかったことから、緊急事態対応の規定とは切り離し、国会議員に関する特例規定として国会の章の最後に規定することとされました。そして、各議院の3分の2以上の特別議決により法律で任期の特例を定めることができることとされました。
 時折緊急事態の仕組みとして参議院の緊急集会があるのではないかとの指摘を受けますが、大きな誤解です。大規模災害時において既に衆議院が解散されている場合に、参議院の緊急集会で対応することは、現行憲法と何の変わりもありません。東日本大震災の時に地方議員の任期を延長したのも、行政や住民生活が混乱する中で選挙を施行することが難しいという判断があったからです。

 【合区解消・地方公共団体】
第47条
 両議院の議員の選挙について、選挙区を設けるときは、人口を基本とし、行政区
 画、地域的な一体性、地勢等を総合的に勘案して、選挙区及び各選挙区において選挙すべき議
 員の数を定めるものとする。参議院議員の全部又は一部の選挙について、広域の地方公共団体
 のそれぞれの区域を選挙区とする場合には、改選ごとに各選挙区において少なくとも1人を選
 挙すべきものとすることができる。
A 前項に定めるもののほか、選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、
 法律でこれを定める。

第92条 地方公共団体は、基礎的な地方公共団体及びこれを包括する広域の地方公共団体と
 することを基本とし、その種類並びに組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づい
 て、法律でこれを定める。

 参議院選挙区の合区を解消し、都道府県選挙区を維持するために、都道府県から最低1人の参議院議員が選出されることが規定されました。合区された選挙区の有権者の皆さんの切実な訴えを受け止めたものです。合区解消に伴って一票の較差が拡大し、憲法第14条に定める法の下の平等に反すると指摘する人がいますが、憲法の規定同士に上下関係はなく、法制的な問題はありません。
 選挙区について、「人口を基本とし、行政区画、地域的な一体性、地勢等を総合的に勘案して」定めるものとしましたが、同様の規定が草案にもありました。一票の較差には、許容の範囲があることを示したものです。
 この規定を置く際に、憲法には「都道府県」の概念がないことから、地方自治の章において、「基礎的な地方公共団体」と「広域の地方公共団体」を置くことが定められました。都道府県は、広域の地方公共団体に当たります。このことは、草案にも規定されていたことであり、単に合区の解消の規定を設けるためだけでなく、二段階式の地方自治制度を保障するという独自の意義を有しています。この規定であれば、道州制にも対応可能ですし、「基本と」すると規定したことから直轄市のような一段階の地方公共団体を例外的に設けることも論理的には可能です。

 【教育充実】
第26条 (第1項及び第2項は、現行どおり)
B 国は、教育が国民一人一人の人格の完成を目指し、その幸福の追求に欠くことのできないも
 のであり、かつ、国の未来を切り拓く上で極めて重要な役割を担うものであることに鑑み、各
 個人の経済的理由にかかわらず教育を受ける機会を確保することを含め、教育環境の整備に努
 めなければならない。

第89条 公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持の
 ため、又は公の監督が及ばない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はそ
 の利用に供してはならない。

 教育充実の規定は、草案に既に同様な規定があり、それを土台として、維新の党の教育の無償化の要請にも配慮し、規定されたものです。
 党内の議論では、今の義務教育の無償以上の規定を憲法に置くのは難しいという意見が大勢を占め、むしろ経済的理由により教育を受ける権利を奪われないということを規定した方がいいのではないかという意見が多数でした。それを踏まえて調整した結果、このような規定になったものです。
 私学に対する助成の禁止の規定については、従来様々な議論がありました。建学の精神を尊重した規定とも言えますが、現在ほとんどの私立学校で国や地方公共団体から助成を受けており、「公の支配に属しない」という文言が助成を受けている私学に対して失礼な表現ではないかという意見があるところです。そこで、草案の規定どおり、「公の監督が及ばない」という文言にこの際改めることとしたものです。
 この規定においてそもそも「教育」を削除すべきではないかとの意見もありましたが、今なお学習指導要領等に準拠しないで授業を行っている外国人学校があり、規定を残すことになりました。


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